WEBラジオ『レキバク!』第8回【五代友厚さん、東の渋沢・西の五代】

WEBラジオ『レキバク!』第8回【五代友厚さん、東の渋沢・西の五代】

文久2年4月29日、高杉晋作さんと五代友厚さんが上海へ…!

文久2年4月29日は長州藩・高杉晋作さん、薩摩藩・五代友厚さんらが上海へ行った日。幕末の薩長の歴史を考えると、この時に長州藩と薩摩藩が一緒に?と不思議に思うところです。今回は薩摩藩士、五代友厚さんにフィーチャーしてトークします。

波乱万丈な五代さんの人生とは?

大河ドラマ『青天を衝け』、朝ドラ『朝がきた』で大人気の五代さん。五代さんといえばすっかりディーン・フジオカさんのイメージ。商業的には後々東の渋沢、西の五代と呼ばれましたが、幕末の頃はあまり存じておりません。一体どんな人生を送られてきたのでしょうか?

五代さんのお父上は藩の奉行所に勤められていた方で、家に世界地図があったといいます。子どもの頃は世界地図を書き写すなど既に世界に目が向いていた五代さん…ですが、実はその地図はお兄さんが描いたものだということが後々判明しております(!)。しかし世界地図が「家にある」ということは、世界自体に目が向いていたことは確かではないでしょうか。

安政2年、長崎の海軍伝習所に学びに行きます。このとき、勝海舟さんと面識があったことでしょう。
この頃幕府が買ったイギリスの船で上海に行こうという企画がありました。総勢51名、若干の余裕があるので各藩から誰か代表いかがでしょうかという話がありました。この頃まだ幕府は長州を敵としては見ていなかったため長州藩にも声がかかり、高杉さんが搭乗。薩摩藩は五代さん…と思いきや、希望は通りませんでした。

そこで五代さんはどうしても!ということで水夫として乗り込んだそうです。

水夫として乗船したのに…なんどドイツの○○を購入!

小説などではこのとき、高杉さんと五代さんは対等に話をし友情を深めた…と書かれていたりしますが、乗った時の立場は全然違ったんですね。

ところが五代さんはこの後ビックリする行動を起こします。
上海に着いた途端、ドイツ汽船を購入!いち水夫がとんでもない買い物です。

パリ万博でも五代さんが幕府を出し抜いて江戸幕府とは別に薩摩藩のブースを作ってしまうなど驚きの行動をしていますが、五代さんにそれほどの権限があり与えられていたということに驚くばかりです。

五代さんが生まれた天保6年同世代は…

五代さんが生まれた天保6年(1835年)は、新選組副長・土方歳三さん、土佐藩士であり海援隊隊長・坂本龍馬さんが生まれた年でもあります。
また、会津藩・松平容保公、天璋院篤姫様、薩摩藩家老・小松帯刀さんらも同い年。幕末が終わるその節目に活躍された方々ばかりです。

今だったら〇〇世代、天6ブラザーズ…とか言われていたかもしれませんね。

慶応2、3年あたりは33歳あたり。人間としてある程度経験も積み、まだまだ体力もある。世界を見て、自分の人生よりも世の中や日本のことを考え始めた年齢なのかもしれません。

外国勢力を受け入れざるを得ないもの、と受け入れられがちな攘夷ですが、長州ファイブや岩倉使節団が海外へ見聞を広めに行くなど、学びも大切にしていたことがうかがい知れます。

東の渋沢、西の五代。岩崎弥太郎さんはどのポジションに?

渋沢栄一さん、五代友厚さんと東西の商業の雄であるお二人ですが、では岩崎弥太郎さんはどういうポジションだったのでしょうか?

『青天を衝け』では国の為皆の為と生きた渋沢さんに対し「一人が強ければいい、その強い人同士が競争することで豊かになる」という描かれ方をした岩崎さん。
また渋沢さん五代さんは官に対し、岩崎さんは民だったので、そういう点では「東の西の」に岩崎さんは入らなかったんだと思います。

五代友厚とは(大阪商工会議所) https://www.osaka.cci.or.jp/godai/what/

渋沢栄一の紹介(渋沢栄一デジタルミュージアム) http://www.city.fukaya.saitama.jp/shibusawa_eiichi/shokai.html

2021年末には東京大阪の証券取引所の大納会でそれぞれ吉沢亮さん(渋沢栄一役)、ディーン・フジオカさん(五代友厚役)が鐘を衝いて2021年を締めたのも印象深かったですね。

まだまだ知らないことが多い五代友厚さん。その活躍を、また少しずつ知っていきたいと思います。

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